「湯ノ上鑛泉」としての始まり

この地域には古くから温泉の湧出が見られ、地元では神宮寺と呼ばれる集落がありました。 日置川で筏流しをした木材運搬の人々が、宿泊する際にこの湯を利用したという言い伝えも残っています。 近隣には大辺路街道があり【富田坂-安居の渡し-仏坂】巡礼者の来訪があったのだと推察されます。 また古来より徒歩のみでなく川を下るという巡礼法もあるとされています。

公式記録への登場

「日本鑛泉誌」に「湯ノ上鑛泉」として正式に記録されました。当時の内務省衛生局が編纂したこの公式記録には、 向平村湯ノ上に炭酸泉が湧出し、村民が入浴に利用していた事が記されています。泉温は約93℃とされ、 当時は炭酸泉で硫黄臭などは記録されていませんでした。

洪水による源泉喪失

しかし、明治二十二年（1889年）熊野地方を襲った未曾有の大洪水により、温泉は突如として枯渇。熊野本宮大社もまた、 同じ水害で本殿を失い、 再建を余儀なくされました。 本宮大社は二年ほどで再建しましたが、湯ノ上鑛泉は長らく再興できませんでした。この時期の1894年（明治二十七年） 発行の地形図や郷土誌からは温泉地名が消え、 湧出湯はごく僅かで地元民が使用するに留まり、 再び認知されるのは昭和初期になります。 まさに「癒しの場が、自ら癒やされるまでの時間」を経たかの様でした。

温泉の再興と「山本樓」

洪水で失われた源泉は昭和初期に改めて掘削され、温泉旅館として復活しました。伝承によると、昭和五年から昭和九年にかけて （1934年）工事を行い、湯が再出したとされています。この時期には「山本樓（山本虎一）」という屋号の温泉旅館でした。

施設の整備と地域の湯治場として

戦後から昭和期にかけて、県道などの交通網が整備されると、現在地（向平504番地）に浴場が固定されました。 地元や紀南地域の湯治場として親しまれ、同一家系による経営が続きました。この時期にも温泉の特性が改めて分析され、 アルカリ性単純硫黄温泉としての成分及び価値が再確認されるようになりました。

株式会社えびね温泉の設立

平成七年五月一日、地域の宝である温泉を守り、より多くの方に利用して頂くために株式会社えびね温泉（山本格）が設立されました。 温泉事業と共に、地域の暮らしを支えるプロパンガス事業も統合され、地域に根差した企業として歩み始めました。

「えびね温泉」の名称は、この地域に自生していた「えびね蘭」に由来します。泉源付近にはかつてエビネ蘭が群生し、 その可憐な花の香りに魅了される人も多くいました。

源泉かけ流しの天然温泉として

現在のえびね温泉は、日置川の河畔に位置し、源泉より離れるため加温は行われていますが、 加水・循環は一切行われていない純粋な泉質を自慢としています。

景観面では浴槽の大きな窓から日置川渓谷を一望でき、開放的な湯浴みが特徴です。